ほげらばり

小林聡美さんのエッセーデビュー作。
メキシコ旅行記になります。
小林さんはもちろんいわずと知れた女優さんなんだけど
とても筆のたつお方。
文筆を本業とする夫、三谷氏もエッセー中で小林さんの
文章を誉めそやしていらっしゃるぐらい、その文章力は
確かなもの。
(といっても三谷さん、文章のみならず料理から英語から
何から何まで奥様を尊敬なさっておいでのようですが)
最新作と比べると粗い部分も目に付いたけど、それでも
はじめての本でここまで書けるってすごい才能だなとあらためて
思いました。
ただ、アマゾンの書評ではこの本、まっぷたつに評価が分かれています。
好評価であるほうは、彼女のその文章力に高評価がつけられていますが
低評価であるほうは、旅行記としてこれはあるまい、というもの。
確かに、わざわざ旅行しているというのに、メキシコに対する愛は
微塵も感じられません。食べ物にもなじめず、ほぼ強制的に連れて行かれた
海もやたらと冷たく波も高く、ホテルもなにやら少々哀愁が漂い、
もう最後のほうはかなり、ヘトヘト、ヘロヘロである様子がみてとれます。
しかしねえ、旅行っていつもいつも楽しいとは限りません。
おそらく「最悪の旅」ってのもあるはずだし
「これといって特に思い出が残らずただ疲れが残るだけの旅」
だってあるはず。
それを素直に書いたからって別に悪かないと思うんですけど。
ただ確かに
「いったいなんでメキシコまでわざわざこの人足を伸ばしたのかしらん?」
という疑問は感じてしまいますけどね。
ということで
この本はこの本で面白いけど、
この本の後に出された本のほうがさらに面白いと思います、
って、うーんなんか不思議な感想になってしまいました。すみません。
今日のBGM
Cache-Cache(Psyche-Jazz)
Nadège
かくれんぼ、という意味の歌。
フランス語って普通に歌っていてもなんだか
ささやいているように聴こえますがこれはさらに
倍って感じのささやき度です。
メキシコとは対極にあるような曲ですな。
フジコへミング リサイタル
実を言いますと特別フジコへミングさんのファンでもなんでもないんですが
携帯サイトで比較的お手ごろな値段で手に入ったものですから
先日池袋芸術劇場で催されたコンサートを
ちょっと聴いてみることにしました。
で、感想。
なるほど確かに彼女にしかありえない演奏だ、と思いました。
リストやらショパンやら彼女のおはこが演奏されてましたけど
ショパンもリストもこの演奏を聴いたらお墓の中でひっくりかえっちまってるかも。
まあ彼女の演奏についてはよく言われることではありますが
いわゆる教科書通りの演奏とはかけはなれた演奏です。
いい意味でも悪い意味でも印象に残り、そういう意味では
退屈しませんでした。
ショパンについては私は常々あらゆるピアニストの演奏に疑問がありました。
本当にそんなに急いで演奏しなきゃいけない曲なのだろうか、と。
本当に美しい旋律なのに、さらっとすらすらひいちゃうのはもったいなくは
ないですか、と思うことがときにあったので、フジコさんのアプローチはわからない
ではありませんでした。
リストも同様。
ただやりすぎ、はやはりNGであって。
フジコさんのアプローチはその当日の彼女のコンディションによっては
「やりすぎ」に拠る危険はあるかな、と思いました。
私が聴いた当日はそのぎりぎり、のラインだったかも。
ということで、
次もぜひ聴きたい!というよりは
他の演者の演奏をいろいろ聴いてまた
しばらくたってから聴いてみたい、というように私には感じました。
ところで。
いつも1万円はくだらない彼女の演奏会がなぜに安くなっていたかと
いえば、彼女のソロリサイタルではなかったから。
前段にラルベッジャータ、というバロックアンサンブルとフィリップジャルスキーという
カウンターテノールの項があり、フジコさんの演奏は短め。
ラルベッジャータは世間に知られていない伝統音楽を世にしらしめたい、という思いで
結成された楽団らしく、みなさんもちろん、達者な演奏でしたが大劇場で演ずるには
やや無理がある楽曲。
観客もどこでどう拍手をしたらよいのやら迷う始末でした。
決して悪くはない(とはいえ、ボーカルはちょっと弱いかなあ、と私には感じました)
けどこれは小劇場でこの音楽の魅力をよくわかる観客だけで聴くべき音楽な気がしました。
フィリップ氏はフジコさんとは対極にあるまさに「教科書どおりの歌唱」の人。
まだ若そうだし、これからの人、なんじゃないかな。
際物で売ろうとしていないのは好感がもてました。
だってカウンターテノールって、クラッシクにおいてはイレギュラーかもだけど
歌うのが女だろうが男だろうが聴く側にとっては、究極同じなはずですしね。
で、教科書どおりに正確に歌おうとする彼に、
超個性的な演奏で売っているフジコさんが伴奏するって、
うーん、どうなんでしょう。
私の思い過ごしかもですが、彼、相当歌いづらそうでした。
主催者にフィリップ氏、してやられたかもしれません。
*今日のBGMは省略です
携帯サイトで比較的お手ごろな値段で手に入ったものですから
先日池袋芸術劇場で催されたコンサートを
ちょっと聴いてみることにしました。
で、感想。
なるほど確かに彼女にしかありえない演奏だ、と思いました。
リストやらショパンやら彼女のおはこが演奏されてましたけど
ショパンもリストもこの演奏を聴いたらお墓の中でひっくりかえっちまってるかも。
まあ彼女の演奏についてはよく言われることではありますが
いわゆる教科書通りの演奏とはかけはなれた演奏です。
いい意味でも悪い意味でも印象に残り、そういう意味では
退屈しませんでした。
ショパンについては私は常々あらゆるピアニストの演奏に疑問がありました。
本当にそんなに急いで演奏しなきゃいけない曲なのだろうか、と。
本当に美しい旋律なのに、さらっとすらすらひいちゃうのはもったいなくは
ないですか、と思うことがときにあったので、フジコさんのアプローチはわからない
ではありませんでした。
リストも同様。
ただやりすぎ、はやはりNGであって。
フジコさんのアプローチはその当日の彼女のコンディションによっては
「やりすぎ」に拠る危険はあるかな、と思いました。
私が聴いた当日はそのぎりぎり、のラインだったかも。
ということで、
次もぜひ聴きたい!というよりは
他の演者の演奏をいろいろ聴いてまた
しばらくたってから聴いてみたい、というように私には感じました。
ところで。
いつも1万円はくだらない彼女の演奏会がなぜに安くなっていたかと
いえば、彼女のソロリサイタルではなかったから。
前段にラルベッジャータ、というバロックアンサンブルとフィリップジャルスキーという
カウンターテノールの項があり、フジコさんの演奏は短め。
ラルベッジャータは世間に知られていない伝統音楽を世にしらしめたい、という思いで
結成された楽団らしく、みなさんもちろん、達者な演奏でしたが大劇場で演ずるには
やや無理がある楽曲。
観客もどこでどう拍手をしたらよいのやら迷う始末でした。
決して悪くはない(とはいえ、ボーカルはちょっと弱いかなあ、と私には感じました)
けどこれは小劇場でこの音楽の魅力をよくわかる観客だけで聴くべき音楽な気がしました。
フィリップ氏はフジコさんとは対極にあるまさに「教科書どおりの歌唱」の人。
まだ若そうだし、これからの人、なんじゃないかな。
際物で売ろうとしていないのは好感がもてました。
だってカウンターテノールって、クラッシクにおいてはイレギュラーかもだけど
歌うのが女だろうが男だろうが聴く側にとっては、究極同じなはずですしね。
で、教科書どおりに正確に歌おうとする彼に、
超個性的な演奏で売っているフジコさんが伴奏するって、
うーん、どうなんでしょう。
私の思い過ごしかもですが、彼、相当歌いづらそうでした。
主催者にフィリップ氏、してやられたかもしれません。
*今日のBGMは省略です
円楽師匠 逝く
円楽師匠、楽太郎さんが円楽を名乗る前に逝ってしまいましたね。
笑点の司会が歌丸さんになって結構たつけど
なんかいまだに慣れない私。
あの豪快に笑う司会が好きだったんだけどな。
昨日ニュースで円楽師匠が最後に芝浜を演じた際の
ドキュメントをやってました。
自分の能力の衰えを感じた際に、最後の賭けで演じるには
あまりにハードルが高い芝浜。
高いラインをあえて設定し、自ら幕をひくその様子は
悲しいけどいさぎよい姿だよな、と思いました。
しかしニュースをみて愕然としちゃいましたけど
木久翁さんも、歌丸さんも70代、小遊三さんも60代、
皆さんご高齢なのね。。
みな、訃報に接して当然にしみじみしてらっしゃいましたけど
できるだけ長く、でも、ご自分の芸人としてのプライドが保てる
状態で私たちを楽しませてほしいなあ、と思った次第です。
今日のBGM
雪が降ってきた
SMAP
いまひとつ盛り上がってんだか盛り上がってないんだか
わからんハロウィンも終わり
いよいよ街はクリスマスムードに覆われますな。
私の会社の近くの商店街はもう早速クリスマス
デコレーションになってましたけど、これはいくらなんでも
早すぎなのでは・・・・。
笑点の司会が歌丸さんになって結構たつけど
なんかいまだに慣れない私。
あの豪快に笑う司会が好きだったんだけどな。
昨日ニュースで円楽師匠が最後に芝浜を演じた際の
ドキュメントをやってました。
自分の能力の衰えを感じた際に、最後の賭けで演じるには
あまりにハードルが高い芝浜。
高いラインをあえて設定し、自ら幕をひくその様子は
悲しいけどいさぎよい姿だよな、と思いました。
しかしニュースをみて愕然としちゃいましたけど
木久翁さんも、歌丸さんも70代、小遊三さんも60代、
皆さんご高齢なのね。。
みな、訃報に接して当然にしみじみしてらっしゃいましたけど
できるだけ長く、でも、ご自分の芸人としてのプライドが保てる
状態で私たちを楽しませてほしいなあ、と思った次第です。
今日のBGM
雪が降ってきた
SMAP
いまひとつ盛り上がってんだか盛り上がってないんだか
わからんハロウィンも終わり
いよいよ街はクリスマスムードに覆われますな。
私の会社の近くの商店街はもう早速クリスマス
デコレーションになってましたけど、これはいくらなんでも
早すぎなのでは・・・・。
ノーベル賞受賞者にきく こどものなぜなに

難しいことを簡単に説明できなければ
それはそのものごとを理解していることにはならない。
よくよくいわれることですがそれを具体的に証明してくれるのが
この本です。
さらにいうなら
単純な質問を深く回答するとはどういうことか
も具体的にあらわしてくれている本です。
空はどうして青いのか?
人はなぜ病気になるのか?
ぼくと同じ人間ができるって本当?
という、学問的にもそうとう複雑でそれを専門に学んできた
人すらいたぐらいの難問をかみくだいてかみくだいて説明している
ものもあるし
政治とはなにか?
愛とはなにか?
という正解はないものの、答えにつまる質問にも
その人独自のしかし圧倒的な説得力をもって
回答がなされています。
説明のわかりやすさもさることながら
その説明の奥底に、その回答者の人生観が
垣間見えるところがこの本のすばらしさ、といえましょう。
人生に対して、自分の日々の行動言動こそがこどもへの手本
(いい意味でも悪い意味でもね)になるのだなということを
まざまざ感じさせられもするなかなかに深い本、といえましょう。
今日のBGM
Stop Trying
Huey Lewis and The News
デビューアルバムの一曲。
洗練さにはかけるかな。
でもういういしいHUEYさんを感じられる
今となっては貴重な一曲。
富永佐恵子リサイタル
今までもちょいちょい感想をあげさせてもらっている、チェリスト富永佐恵子さんの
リサイタルがさる10月27日、上野の文化会館で実施されました。
仕事の都合で最初の2曲は聴けず、3曲目の、ポッパーのレクイエムから
聴かせてもらいました。
この曲に対する彼女の思いいれが相当であることはわかっていたし
なにより、やはりチェロのアンサンブルってきれいだもの、
絶対これだけは聞き逃すまい、と思っていたのでよかったです。
私はこの曲を聴くのってはじめてだったのですが
レクイエム、という曲名からもっとくらーーい曲を想像していたのですね。
でもこの曲はさほどくらい、ってわけではありません。
そりゃ明るくはないんですけど。
ただ、私は「そうだよな、亡くなった人を思う気持ちはまさに
このメロディーにあらわれている情感そのものだ」と思ったのでした。
大事な人が亡くなるのは確かに悲しい。
でもだからといって、亡くなったその瞬間から
その人との過去がすべて悲しいものにすり変ってしまう
わけではないわけで。
亡くなった人とのおかしな思い出、
じんとくるエピソード、それは生前以上に輝き
貴重な人生の糧として昇華していくものだ、と私は思っています。
そういう、ただ悲しいだけじゃない人間らしい情愛に満ちた気持ちを、
3本のチェロの豊かな音色が
存分に表現していて、ただただ私は圧倒されました。
ここでの余韻を残しつつ最後はラフマニノフのチェロソナタ。
ピアノと醸し出すそのハーモニーの豊かさにこちらも圧倒でした。
アンコールに3回も応えてくれてコンサートはおひらきでした。
このリサイタルは、彼女の師匠のハーヴィーシャピロ氏追悼、
の意味合いがとても深いリサイタルで、曲の選び方も
観客に配られたプログラムもなにもかも、師匠に対する
尊敬と愛にあふれた彼女の思いがぎっしりつまっていました。
彼女のブログにもその熱い思いが面々とつづられていますので
もしよろしければご参照を。
このリサイタルを終えた後、彼女がどういうキャリアをきづいて行こうとしているのか、
・・・もちろん、音楽に並々ならない思いがあり、プライドがあるのは日々の話からも
時に聴かせてもらっているリサイタルでの演奏を聴くにつけてもわかってはいるのだけど・・・
具体的に聞いたりはしていないけれどおそらく、彼女の中でなにか大きな壁を乗り越えて
次のステージに移ったんだろうな、という気がしています。
表面的にはそれはこのリサイタルの終了によってなされているように見えるけど
実はこのリサイタルまでに終えてきた数多くの演奏会や日々の研鑽の積み重ねが
このリサイタルにあらわれたはず。
そう考えると、実は会社員の仕事と音楽家の仕事も通じるところがあるんだよな。
私もがんばらなあかん、と思わされたリサイタルでした。
リサイタルがさる10月27日、上野の文化会館で実施されました。
仕事の都合で最初の2曲は聴けず、3曲目の、ポッパーのレクイエムから
聴かせてもらいました。
この曲に対する彼女の思いいれが相当であることはわかっていたし
なにより、やはりチェロのアンサンブルってきれいだもの、
絶対これだけは聞き逃すまい、と思っていたのでよかったです。
私はこの曲を聴くのってはじめてだったのですが
レクイエム、という曲名からもっとくらーーい曲を想像していたのですね。
でもこの曲はさほどくらい、ってわけではありません。
そりゃ明るくはないんですけど。
ただ、私は「そうだよな、亡くなった人を思う気持ちはまさに
このメロディーにあらわれている情感そのものだ」と思ったのでした。
大事な人が亡くなるのは確かに悲しい。
でもだからといって、亡くなったその瞬間から
その人との過去がすべて悲しいものにすり変ってしまう
わけではないわけで。
亡くなった人とのおかしな思い出、
じんとくるエピソード、それは生前以上に輝き
貴重な人生の糧として昇華していくものだ、と私は思っています。
そういう、ただ悲しいだけじゃない人間らしい情愛に満ちた気持ちを、
3本のチェロの豊かな音色が
存分に表現していて、ただただ私は圧倒されました。
ここでの余韻を残しつつ最後はラフマニノフのチェロソナタ。
ピアノと醸し出すそのハーモニーの豊かさにこちらも圧倒でした。
アンコールに3回も応えてくれてコンサートはおひらきでした。
このリサイタルは、彼女の師匠のハーヴィーシャピロ氏追悼、
の意味合いがとても深いリサイタルで、曲の選び方も
観客に配られたプログラムもなにもかも、師匠に対する
尊敬と愛にあふれた彼女の思いがぎっしりつまっていました。
彼女のブログにもその熱い思いが面々とつづられていますので
もしよろしければご参照を。
このリサイタルを終えた後、彼女がどういうキャリアをきづいて行こうとしているのか、
・・・もちろん、音楽に並々ならない思いがあり、プライドがあるのは日々の話からも
時に聴かせてもらっているリサイタルでの演奏を聴くにつけてもわかってはいるのだけど・・・
具体的に聞いたりはしていないけれどおそらく、彼女の中でなにか大きな壁を乗り越えて
次のステージに移ったんだろうな、という気がしています。
表面的にはそれはこのリサイタルの終了によってなされているように見えるけど
実はこのリサイタルまでに終えてきた数多くの演奏会や日々の研鑽の積み重ねが
このリサイタルにあらわれたはず。
そう考えると、実は会社員の仕事と音楽家の仕事も通じるところがあるんだよな。
私もがんばらなあかん、と思わされたリサイタルでした。


