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容疑者Xの献身

何を今さら(映画の話題については私はこればっかり・・)ですが
やっとみました。
いまや龍馬のイメージがすっかり強い、福山雅治の当たり役の映画ですね。

友人がこれをみた際に、最後のほうの堤真一の演技に相当物申していたんですが
見てわかりましたね。ああなるほど、こういうことか、と。

私はさほど映画通ではないので、映画としての出来不出来を
正しく評価できる自信はないです。
ただ最後といい、ヒロインの描き方といい、なんというか・・・
もうちょっと余情を出すやり方はなかったもんかいな、と思いました。
ストーリーが相当優秀なので、映画としてもそれなりに迫力のある
作品に仕上がっているけど、ストーリーの優秀さをさらに上回る
何かがほしいな、と映画素人の私は思ってしまいました。

映画にするなら、本来は容疑者、つまり堤真一が主役で
堤が中心で描くべきではなかったか。
いやいやあくまでミステリーとしてのロジックを中心に
描きたかったんです、ということであれば、ロジックを
いかに組み立て、いかにそれを実行していったか、を
もっと丁寧に描くべきなんじゃ・・・。
あ、それでもきっと、容疑者が主体の映画になるか・・。

映画を作るにしても、興行収入は一定あげなければならない
わけで、それなら、あてたドラマの組み立てを崩さずにいかない
から容疑者中心の映画は作れるはずもなく。
となるとTVがらみの映画、の功罪をなんだか見たような気も
しないではなし。

それにしても堤真一はもっと、いかようにもいかせたんじゃなかろうか。
彼の演技にいろいろあれれ?と思うところもあったけど
これはどちらかといえば、演出の問題も大きいのではないか、
と思いました。
というのも最後の堤氏の号泣シーンも、あの演技を演出側は
よしとしたのですよね。これは違う、となれば、あんな
大仰な演技でOKにはしなかったはず。演出側が要求しなければ
あの演技プランはなしえない気がするんだよなあ。
私の考え過ぎかもしれないけど。

ということで以前、三谷幸喜氏が自身の脚本を複数の演出家に演出させて
いかに違うテイストのドラマになるか、わからせる実験を
深夜にしてましたけど、同じ脚本で違う監督がとったら
どうなるのか、見てみたい気にかられるなんとも不思議な味わいの
映画でございました。

今日のBGM
Heart and Soul(LIVE)
Huey Lewis and News

昔よか、ちょこっとだけ、軽いサウンドになっちゃっているかな。
前のちょっとだけハードなサウンドのほうが私は好きだけど
これはこれで、もちろんかっこいいです。
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