私は忘れない

私は忘れない


奄美大島滞在中は例によって本を買い込み読みまくりました。

前インドネシアを旅した時は読む本がなくなって友人と本を交換し合ったりして
過ごしたのですが今回は逆に欲張りすぎまして、全部を読み切れずに
東京に持ち越したものが何冊も。この本もそんな1冊です。

しかしながらこの本については、ああ奄美で読んでいたら
全然また違った感慨を持っただろうなという思いを持たずには
いられない本でした。
なんでかといったら鹿児島県の離島のひとつである
黒島がテーマの本だから。

今でこそ2時間に1本、石垣から船がでているようですが
この本が書かれたころは、東京が高度成長にあったさなかで
電気もろくに通らず、急病人が出てもその旨を連絡するすべもなく
自然災害に襲われた時には、少ない住民の中からさらに犠牲者が出ても
やむなしのほんとに正真正銘な離島状態。

船が荒波にさらされてこられなければ
みなの食べ物が底をうつのも当たり前
さらに、狭い島同士で地域同士がいがみあい、人権という観点で
見た時に問題と言わざるを得ない様々な習慣がそのまま残ってしまっている
「素朴」「自然」などといったのんきな言葉でくくれない、過酷な生活が
脈々と残っている状況だったようです。

そんな過酷な島に使命感をもって赴任した教員たちの奮闘ぶりに
スターの夢を一歩のところでつかみ損ねた女優の卵が
無謀ともいえる率直さで対峙していきます。
確たる使命感もなければ、差別感も、便利な文明的な生活への
固執もなくただ向き合っている現実を受け入れているある意味無機質な
彼女の存在が島の特殊性を浮かび上がらせる仕掛けです。

今でこそ奄美大島も加計呂麻島もむろん東京より
スピードという意味ではもちろん劣っているのかもしれないですが
電気もとおり、あたたかいシャワーもあり、
TVはごく当たり前に各所帯にあり
ネットも、携帯電話もほぼほぼつながる状況にあります。
この小説にあるような「これが同じ日本なのか」と
絶望に通じるような驚きを感じることは、すくなくとも
奄美諸島を旅行する立場においてはないわけです。

奄美はいい、加計呂麻はいい、なにもないからいい
という話をよく聞くし、わたしも何度か訪れた経験から
決してそこを否定するわけではないけれど、この小説に
書かれているような状況下でも、「なにもないからいい」
と本当にみんないえるだろうか?というと私は少々懐疑的です。

おそらく「のんびりしてるよね」というレベルの違いにまで
各離島が進むまではこの小説にあるようなすさまじい
エピソードがたくさんあり、エピソードを支える
この小説に出てくるような多くの市井の人たちの努力や
葛藤があったんじゃないかしら。

その名もない人たちのがんばりを離島の自然を満喫する
我々都会人は慮り、人間らしく自然に生きるってどういうことなんだ?
ということを、その努力の甲斐あって「いいとこどり」できてる
我々は考え続けていかないといけないんだろうな、と思います。

今日のBGM
今夜が終わらない
ふえのたす













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