Je suis Charlie

書こうか書くまいか迷いましたが、これからフランスの記事を書くのに
どこにいってきれいだった、素敵だった、おいしかったという案内だけになるのは
このご時世違うかなと思うので記しておくことにします。

報道などでご承知おきと思いますが、パリで、風刺で有名な週刊誌Charlie Hebdoが
襲撃され、警察官はじめ多くの死傷者が出ました。
フランスの報道は今この事件一色ですし、政敵同士であるはずの、オランドとサルコジ
もこの件ではタッグを組んでいるようです。フランスのあちこちで抗議デモもおこっていますし
Face Bookのプロフィール社員にJe suis Charlie のロゴを出しているフランス人も多い模様です。

フランス文化に触れているのであればこの事件に触れないのはおかしなこと、
なのですが、日本人が中途半端な見解でこの事件に触れるのはあまりよろしくないな
と思っています。武力はいけないとか、言論の自由とかそういう当たり前のことを書く
のもちょっと違う。

よく9.11と比較されますが9.11とちょっと背景が違うんじゃないか、というのが私の意見です。
そりゃ背後にアルカイダなどの組織があったりするところは同じかもしれないですが
フランスの「移民」に対する「融和」と「差別」そして「差別に対する反論」、「反論から出てくる
相互理解と新たな差別」この繰り返しがこの事件にはあるような気がするのです。
そしてこうした意見に偏りや、ある意味問題発言ととらえられるような
発言が混じっていたとしても、発言しあい、自らの意見を表明し議論しあうことを
重要視してきたのではないか、と思います。
それは単なる差別意識を超えた深い葛藤とプライド、があります。

こうした議論を通じてテロや暴動がおこるすれすれの環境下でどうにか折り合いをつけてきた
のが今のフランスでは、という気がします。
なのにそれが雪崩のように崩れ落ちるのではないか、という恐怖感がこの事件によって
フランスに芽生えたのかなという気もします。

とここまで書いたところで、それはあくまでも門外漢の勝手な感想。
この事件は単なる「テロ」を超えた複雑なかの国の事情がからまった
恐ろしくも悲しく、難しい事件、なのです。

今日のBGM
I Guess That 's Why They Call it TheBlues
Elton John







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