3年

いわずもがな、今日で3年目、です。

あの日で、いろいろな問題が被災地に限らず日本各地で顕在化されました。
被災地の悲しみや怒りがどんどん深く、広くなり、救い難い気持ちになることも
増えました。

一方でいい方向に変わったかな、と思うこともあります。
少なくとも日本人は自然災害や人災がそれがたとえ自身の身近におこった
ことでなくとも、関心をもち、なんらか動くことを当然と考える人間は
増えたのではないかと思います。
フィリピンの災害しかり、先日の大雪の被害しかり
おかしいことはおかしいといい、自分がやれることは何かを
考える人間は増えた、と私の感覚では思います。

なお私は震災を機に何が変わったか、といえば
自身の社会人としての責任、についてです。
どういう状況であれベストを尽くしてこそ社会人であり
一方でどうあれ、最優先に考えるのは人の命であり安全で
あるという大原則。
震災前も当然にその思いで日々社会とかかわっていた「はず」
ですが、局面にたってぎりぎりまで考えた経験を経た後に
いうお題目、は自身の中でだいぶ違うものに生まれ変わっています。

姪っ子がうまれてからはさらに「家族」と「社会人としての責任」
という兼ね合いも考えるようになりました。
もちろん、実のこども、ではないですし、私が守らずとも弟夫婦が
まず彼女を守るでしょうが、でもたとえば弟夫婦にもしものことが
あり震災で彼女一人が実家にいたとしたならば。
職場でスタッフが死に直面していて、ほかに託せるひともいないなら
私は職場を選んだかもしれません。
あるいはスタッフをおいて姪を守りに走ったかもしれません。

姪が産まれる前、私は迷わず職場を選びました。
東京だったから安全を見越していた、というのもあるにはありますが
親がどうしているか、なんて当時の私はまったく気にしていませんでした。
独り身だし、とにかく職場を守る、スタッフを安全に帰す
できるだけ不安を取り除く、それだけを考えました。
こどもがいたら、そこに専念できずどちらについても気もそぞろ
ということになったろうな、それはすごい心理状況だろう、
と今はしみじみ思います。

自身の環境の変化、復興の状況、新たにでてくる課題、
ETCで震災後、のその心境もまた変わってくるのでしょう。
風化、でなく考えが変わっての変化、であるならば
それはよいことなのだ、と信じ3年目を迎えたいと思います。

今日のBGM
How come How Long
Babyface Feat. Stevie Wonder;
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テーマ : 日々のつれづれ - ジャンル : 日記

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