黒と茶色の幻想

黒と茶色の幻想
恩田陸さんの小説は、結末とか、謎解きのロジックとかそんなことは
二の次で、ただひたすら文章から広がる世界観を味わう喜びを堪能できる
ものなのだけど、この小説に限っては、謎ときの面白さ、も堪能できます

そして、謎が、いわゆるミステリー小説のそれとは異なり
人間関係のちょっとしたもつれ、がキーになっているのが
さすが、であり、新たな読みごたえを醸し出すのに一役買っています。

さらに、4人の登場人物がかわすちょっとした一言、もまた
どうということはない、一言だけど共感できて、深くて鋭い。
いったいどうしたらここまで深い小説を数多く生み出すことができるのか。
ただただ唖然となる1冊です

今日のBGM
Tocatta, Adagio & Fuge in C major, I. Toccata
Lionel Rogg


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日の名残り

日の名残り

わたしを離さないで
同様、本を読む楽しさを隅から隅まで楽しめる1冊です。

長年イギリス貴族を支え続けた執事が、これまでの執事人生を、
思いがけずもらったいっときの休日と、休日中の旅路の過程で思い出していきます。
仕事を通じて得ることができた生きがい、プライドから、
はたまた心の中にくすぶり続けるある思い。

ないまぜに、また不連続で思い出されるがこそ、実在の執事が目の前で淡々と
語っているかのようです。静かな語り口だからこそ、彼の周囲がどう動いていったのか
気が付かずに読み進めてしまうのですが、気が付けばひたひたと、歴史の動きと
ともに、彼の周辺は動いていきます。

本を読み進める楽しさに気をとられているうちにいつの間にかストーリーが進んでいる
そんな感覚です。そんな思いをさせてくれる作家はそうそういないでしょう。
いい本をよめて幸せだった、と読み終えてしみじみ思える本です。

この本のさらに価値をあげるのは丸谷才一氏の解説です。
彼の解説を読むまで、気が付けなかった側面もたくさんあり、解説とは
かくあるべし、とも思いました。
これまで私が読んできた解説は、小難しすぎたり、解説と言いながら
本とはまったく関係ないただのたわごとだったり、はっきりいえば
解説なんかいらないんだけど、と思えるものしかなかったのですが
この丸谷氏の解説はまさしく解説で1冊で2度楽しめます。

そしてもちろん、言い尽くされているでしょうけど
土屋敏雄氏の翻訳の見事さといったら。
翻訳小説であることを忘れてしまう見事さです。
彼の翻訳でカズオイシグロの小説を読める楽しみを
享受できることに、日本語版を読んでいる読者は
感謝しないといけないなと思います。

今日のBGM
Tattoo (Giving It All up for Love)
Huey Lewis and The News

私の家では何も起こらない

私の家では何も起こらない

文学賞メッタ斬りで、豊﨑由美さんが絶賛されているのを読んで、六番目の小夜子を読んでから、
はまってしまった恩田陸さんの本。

多作なのにどれもはずれなしの高水準。

彼女の本はまさに読書好きのためにある気がします。
ミステリーのように話の先を知りたくて夢中になって本を手繰る楽しみとは
ちと違い、本の中の世界に浸る楽しみに酔う感じ。

しかしながら、その世界はそんなにきれいな世界ではなく
ひたひたと忍び寄るおそろしさ、です。
どちらかといえばおどろおどろしい。

この本もその例にもれません。
作内の大工が幽霊を前にしながら「生きてる人間のほうがこわい」ともらします。
大工は、格段深刻に言ってるわけではなく、軽妙にそういった感想をつぶやく
わけですが、本当にそうだよね、とこちらもなんだかつぶやきたくなります。

こんな奇妙で不気味な世界より、生きてる人間のほうが怖いとは
なんたることか、と思いますが、その裏返しとして
素晴らしきかな、人生、といいたくなる瞬間も多くあるから
人生面白い。

そんな思いも馳せられる、不思議な本、です

今日のBGM

24/7(DJ KAORI{Big Dawg}Remix)
Luv and Soul



君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか

言わずと知れた、いまや古典ともいえそうなこの1冊。
平成の終わりにまさかの大ヒット。この本を書店の平積みから発見することがあるなんて
想像だにしてませんでした。

中学・高校のころ、何度「推薦の本」として眼にしたでしょう。
ちらっと冒頭を読んでみたことはあったものの、なんだか説教くささと、古臭さを
感じてしまってから、結局読まずじまいで終わっていましたが
今にいたるまで売れ続けているのであるならば、きっと何かがあるに違いない。
読まないのももったいないかもしれない。
そう思って読んでみることとしました。

結論から言うと、確かに少年少女向けに書かれているものですが
少なくとも私にとっては、大人になってからの今、読んでよかったな
と思いました。
当たり前のことを簡単に書く、また、深い教養をさらけ出しすぎずに
大事な要素だけをかいつまんで書く深さは、10代のころの私には
感じ取れなかっただろうと思います。

一方で、先生受けする感想文を、ちょっと頭のよい子なら書きやすい本ではあります。
でも、それこそ感想文コンクールでそこそこの賞を受賞するような感想文を
さらさらと書けちゃう子にはこの本の深さは実は理解できていないんじゃないかな
と思います。わかりはするけど感想と言われても困ってしまう、と感じる子のほうが
実はこの本をよく理解している子なのではという気が、ひねくれものの私などはしてしまいます。

なおこの本には古今東西起こりえるちょっとした小競り合いがエピソードとして書かれており、そこに対しての
先生や、保護者の立ち居振る舞いも書かれています。あくまでそれは、エピソードの一要素でしかないわけなのですが
今時の大人は、同じような出来事に対して、どうするだろうか?
本当にしかるべきことはどこかを見失い、わかりやすくだめなこと、つまり暴力をふるう、とか
ものをこわすとか、そういった表面的なことしか叱らないし、叱れないのではないか。
そんな気もしました。

今この本が売れているということに読み始める前は不思議な気がしましたが、
読み終わってみてからは
むしろ、この時代に80年もの前に書かれたこの本が
売れていることに安堵感を覚えました。
きっかけはなんであれ、まだまだ世の中、まっとうかもしれません。

今日のBGM
(Love Is) The Tender Trap
Frank Sinatra

私を離さないで

私を離さないで
ノーベル文学賞を受賞してから、早川書房は大変な増刷に追われたそうですが
どこの本屋さんでもカズオイシグロさんの本が平積みされています。
多くの人々が受賞をきっかけにはじめて手にされたことと思いますが、私もその一人。
本屋で見かけたときに、恐る恐る読み進めてみたら

なんだこれ、え?なにこれ。
まったくなんのことを言ってるのやらわからない、のに
なんだかどんどん引き込まれるこの世界観。
翻訳ものだから、実際の文体がどんなものかは正確には
わからないわけですが、それでも、きっと、英語の原文も
静謐で、淡白で、それでいて冷徹なんだろうことが想像されます。
文体は静かで、語られている世界も一見静かで、どうということのない世界の
ように「みえる」のに、なんだか恐ろしいことが始まる予感がひしひしと
小説の初めから感じられます

なぞときがわかった結末において、もちろん、これが架空の世界であることは
読者にもすぐわかるわけですが、架空だがありえそうで、
読み終わった後、いろんな思いにふけることができました。

解説を読むにそのほかの作品もなかなか読みごたえがありそうです。
また、どの作品も常に新たな挑戦をされている模様。
外国の作品は、原文で読むには語学力が足りず、
翻訳で読むにはその翻訳文体になじめずに
つい、読まず嫌いになることが多いのですが、こちらの本の翻訳は
実にすばらしい。

決してすがすがしい本ではないのに、読んでよかった、と心から思える稀有な一冊です

今日のBGM
You crack me up
Huey Lewis and The News

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